6.13.2010

映画[告白]

映画[告白]

ドキュメンタリータッチの重い映画と思っていたし、始めは意味のない話の展開に失敗したと思った
正直言って嫌な思いで見ていた

でも今、最初と最後の印象でこれほどギャップを感じた映画は今まで見たことがないとハッキリ言える しかし一番最後の瞬間まで見ないとここまでハッキリとはしなかった

失敗⇒気分最悪⇒原作はきっと漫画と思えてちょとホットする⇒今流行りのロックを映画にしたアート⇒カッコイイ⇒一番最後ちょっと感動⇒実は良質なものが核になっていることを感じた、という流れだった

最悪⇒最高

松たか子の最後の一言、オチと言えるような一言と演技、が自分にとってこの映画を決定付けた

K

5.27.2010

ソラニン

宮崎あおいさんがどんな人なのか見たくて、観た映画です。青春恋愛ものということで少し躊躇気味でしたが。見て正解でした。
カメラワークはドキュメンタリーな感じでしたが、話し方とか会話の内容が御伽噺っぽくて何かちょっと普通とじゃないと思ってたら、原作は漫画とのことで、なるほどって思いました。

久しぶりの日本映画というか、日本らしい映画で、日本人にしかちゃんと通じないんじゃないかと思いました。英語版がもしあるとするなら、きっと陳腐な映画になってしまうのではないかと思いました。日本映画の良さは日本人にしか分からないかも。。他の国でも同様でしょうけれど。

日本人の良さは大切にしたいと思いました。物や学問、哲学、信仰など何でも外国のものを100%信じて取り入れることは日本人として(その国に住む人として)不健康だし、無理があると思います。個々の人間らしい健康的な精神を持つことが、世界で唯一普遍の神様が望まれていることのように思っています。

5.24.2010

人間は本当に正しい発展をしてきた?

「12万年前」の旧石器、7万年前の可能性 砂原遺跡調査団、幅持たせる
 日本最古とみられる約12万年前の旧石器=写真=が出土した島根県出雲市の砂原遺跡について、同遺跡学術発掘調査団の団長で、同志社大の松藤和人教授は23日、都内で開かれた日本考古学協会総会で「国内最古級の石器であることには変わりないが、年代は約12万年前から7万年前までの可能性が出てきた」と発表した。(日経05/24/10)

何万年も前に人間が創った道具が今の島根県にあった。。

12万年前と7万年前では5万年も差があるのですが、

その間にどのような進歩があったのでしょうか。

mmm、

最近電気製品ではLEDやiPad、3Dが毎日のように話題になりますが、

石器を見ると、人間は本当に正しい発展をしてきたのかと考えてしまいました。



便利さの追求。新興国では便利さへの憧れは夢であり、こころもわくわくします。

日本では、最近は便利さよりも、経済をどのように発展させるかに問題が集中しているように思います。

今まではほぼイコールでしたが、これからは便利さに代わることで経済は発展していくのでしょうか。

人間の理想的な進歩と経済の発展は別のものなので、

そう言う意味では経済のことにそれほど振り回されるべきではないのでしょうか。

今こそ、より理想的な歩みに軌道を修正していくべき時代に入って来たのでしょうか。


k

12.11.2009

Inglourious Basterds

クエンティン・タランティーノ監督の映画イングロリアス・バスターズを観ました。観終わった時の感想は、いろんな映画を何本か一度に観たような感じでした。かっこ良くもあり、感動的でもあり、意味深でもあり、滑稽でもあり、爽快でもあり、お下劣でもあり、って感じです。ストーリーなど破綻したようなところは感じませんでした。大変うまく撮られた映画だと思います。映画文化のための映画であるとも感じましたし、映画好きの人には最高の一作と言えるかもしれません。
私の印象から無理やり一言でいうとクールな映画といえます。そして、好きか嫌いかと言われれば好きですし、もう一度観ておきたいです。しかし、人には勧められそうにはありません。人を殺す場面がきつ過ぎます。それがあるからこそこの映画の意味を考えることに大きな意義を感じるのかもしれません。いろいろなことを考え感じることの出来る映画だと思います。

10.27.2009

久しぶりの大阪、梅田。




梅田での阪急百貨店のパワーはすごいと思います。
立替中の阪急梅田ビルを見て梅田周辺は不況の中でも活気があると思った。百貨店の中も人々で賑わっていたように思う。あまり百貨店には行かないので他の百貨店と比べられないけれども。

しかしながら、百貨店業界で見ると経済の停滞で売り上げは12年連続で落ち込んでいるとのことで、スーパーやコンビニも同様に不振の様子です。購買の元である収入が上がらないということもありますが、インターネットの普及も原因のひとつだと思います。ネットでの購入は便利で価格面でも一歩抜けていることが多いのですが、もうひとつ、買い物選びにあまり失敗しなくなったということもあるのではないかと思います。インターネットで商品の評価が客観的に捕らえ易くなったことは購入側にとっては本当にありがたいことですが、特に実店舗の販売側にとっては減収につながっているのかもって思います。

この間久しぶりに靴を買いに京都市内の店に行ってみました。靴はインターネットではちょっと選びにくいということもあったので。販売員に聞いてもその靴の良いことしか言ってもらえないし、長時間の履き心地が少し不安でしたが形が気に入ったので買いました。やはり、後日それを履いて外出したときかなりの靴づれで帰りはタクシーに乗って帰りました。形が気に入っているので仕方ないという気持ちですが、買うときにある程度分かっていれば初めから覚悟できるし、あるいはもっと別のものを選んだかもしれません。近いうちもっと履き易くていいものを見つけたらすぐに買ってしまうのではないかと思います。靴業界にはいいことですよね。
次からは店で買わないといけないものも十分インターネットで下調べしてからにしたほうが賢いですよね。

10.09.2009

空気人形という映画

日本で住んでいる私にとって、最も今を現わした映画だとおもったし、ずっと感じて来たことを最もストレートに、直視しさせてくれた、つまり、何も隠し事も無く今自分達が直面していることを現わしていると思った。この今の世界での新たな挑戦の示唆になると思う。

自分の誕生はこの世に意味があるのか、みんなに歓迎されているのか。それとも、みんな感情のない空気人形として、意味を考えたりせずに単純に仕事をして生きて行くことが利口な生き方なのだろうか。

私は可能な限り意味を見出だして生きて行くことが感情をもつ人間として健康的で健全な生き方だと思う。それにはいろいろなチャレンジがあって、乗り越えて行く価値があるし、それを知らぬ振りをして生きて行く時間は無くさなければならないと思う。

どうすれば人間本来の生き方が出来るのか。それが出来ている人は生き生きとした輝きを持って生きていると思うし、そのためには、こころに、理想に繋がるイノベーションを起こして行かなければならないと考えています。お金と地位のためにそれを犠牲にすることが利口な生き方と割り切って活発に生きて行ける?そんな時代があったとしても、それは終わってしまったと思っています。

そういうことを考えたり感じたりするのに、この映画はあまりにもというか本当にストレートだった。

(後日)今日もう一度この映画を見た。あまりにも印象的だったし、自分にとってどういう意味があるのかもっと知りたかったから。主人公の空気人形はなぜ最後に自ら死を選んだのだろう。もう愛する人がいなくなってしまったからだろうか。理由は分からないが、私は彼女が感情を持ったことで空気的な存在から全く対極の存在にまで成長したのだと感じた。つまり、死というものさえ正面から接っし感じることのできる感情を持ち得たのだと。

映画を見ていて誕生日の話になったとき、今日は自分の誕生日でもあることを意識し、うれしくもなった。誕生について考えるすばらしい映画と日のめぐり合わせに。

9.07.2009

自分のこれから。

日本人はよく若くみえて年が分からないと外国の人に言われるが、多分みえるだけではないように思う。それは、これまで度々感じてきたことですが、昨日また、”あれっ、やっぱり”、て思ったのでここに書いて置こうと思った。

それは英会話練習のCDを聞いていた時でした。日本語の日常的な違和感のない普通の会話言葉で、そのすぐ後にネイティブスピーカによる同じ意味の英語を聞くのですが、そのとき日本人のしゃべり方が愛嬌のある可愛らしい感じなのに、外人のしゃべる話し方は日本人の日本語に比べて大人な響きだったのです。同じ意味のことをしゃべっても、みた目と同じように年の差を感じるのです。言ってしまえば、日本語会話のパート(特に女の子のパート)が悪い意味ではないけれど幼い感じがします。実際、私は日本人であるためか日本人のパートの方が楽しく聞けますし、そちらの方が好きです。大人な響きは面白くも楽しくもない。外人のパートが全部楽しく聞けないということはありませんし、臨場感もあってそれはそれで楽しく聞ける部分も多いのですが、子供な感じと大人な感じという日本とアメリカの特徴は全般的にあるのを感じました。

このことと今までの経験から、日本人の特徴と外人、例えばアメリカ人の特徴をイメージしてしまわずにはいれません。そう言えば日本とアメリカの政治家の演説も同じことが言えることを感じます。まず、普遍的な人の命とか権利、国のあり方といった土台となるものを日本人の政治家からは感じることが難しい。土台なしに目先のことに右往左往しているように見えます。土台がないので新しい時代にどうしていいのか分からず、今まで通りアメリカの土台の上で経済や他国との協調や社会福祉などについて小手先の政策を国民にアピールしているように感じます。また、例えば自民党は多くの国民が変革を望んでいるのにそれを察知できず、国民の考えを分かった自己改革ではなく民主党の悪口ばかり言っていたのは本当に子供っぽい。自己改革をしていくのに、閣僚を友達で固めるようなこれまでの首相は頼りなく感じます。アメリカのオバマ大統領は大臣を友達から選んだなんていうことはないように思うのですが。あれだけけなし合ったヒラリーさんをも互いに理解しあった上で重要なポストに就けています。

口調や見た目が子供っぽいのはまったく悪いことではないけれど、やっていることが幼稚で意味のないことであるというのはいいことではないと思います。友達と徒党を組んで安心できればそれでいいという気持ちは卒業しないといけないと思います。絶えず善なるもの、善なる精神に問い合わせる姿勢を土台に持って歩んで行けるよいうになりたいと思います。